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池上電気鉄道新奥沢線•国分寺線

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池上電気鉄道新奥沢線 および 国分寺線 とは現在の東急池上線の前身である池上電気鉄道が雪ケ谷~新奥沢間で営業していた廃線および新奥沢~国分寺間の未成線である。 訪問日: 2025年9月21日 概要 1922年に蒲田~雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)を開業させた池上電気鉄道は、大崎広小路への延伸を目前に控えた27年3月に、東京横浜電鉄(現・東横線)と池上本門寺の間の連絡を図るとして、調布(田園調布)~雪ヶ谷(雪が谷大塚)間を計画する。さらに同年4月には近隣で玉電系の目黒玉川電気鉄道が敷設免許を獲得したのに対抗する形で調布(田園調布)~国分寺間も計画する。これには後藤国彦専務が京王の取締役を兼ねていたことも関係すると考えられている。しかし同時期にライバル会社の目黒蒲田電鉄も並行する二子玉川線(後に大井町線として開業)を計画しており、必要な土地を目蒲側に押さえられてしまった。結局雪ヶ谷〜新奥沢間しか開業させられず、資金難に陥った池上電鉄は目蒲電鉄に買収され、開業区間もわずか1年ほどで廃止された。 ルートマップ 全区間の計画ルート 雪ヶ谷~新奥沢間のルート 地図リンク:  https://ku-tetsu.net/223299.html 歴史 玉川地区を縦断する路線の計画の始まりは目黒蒲田電鉄が1924年7月に出願した奥沢~瀬田河原(二子玉川)間の二子玉川線である。これに続き26年4月16日に玉川電気鉄道の子会社である目黒玉川電気鉄道が目黒~清水~玉川(二子玉川)間を、同年4月16日には南郊高速度電鉄が渋谷~玉川間の計画の支線として奥沢~下野毛間を、そして27年3月に池上電気鉄道が本路線の雪ヶ谷(雪が谷大塚)~調布(新奥沢)間の1.6kmを、6月4日に調布(新奥沢)~国分寺間の20.9kmを申請する。これらの計画のうち目黒玉川電鉄は27年に4月に、池上電鉄は12月16日に、目蒲電鉄は2月27日に免許を獲得したが、南郊高速は 10月19日に却下される。 この時点で3社の計画が競合していた。しかし目蒲電鉄は系列の田園都市株式会社が田園調布や玉川地区で住宅地開発を行っていたため、付近を通過する本計画を脅威と捉え、玉川全円耕地整理組合と協議し28年夏までに周辺一帯の土地の全てを押さえてしまった。これによりひとまず10月5日に雪ヶ谷~新奥沢間の1.6kmを新奥沢線として開業させるもの...

城南鉄道•城南延長鉄道

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城南鉄道 とは明治時代にニノ橋(麻布)〜世田谷間で計画されていた未成線で、現在の東急電鉄の前身企業である武蔵電気鉄道に買収された。本稿では関連する未成線の 城南延長鉄道 、 武蔵電気鉄道ニノ橋延長線 、 東京横浜電鉄ニノ橋・東京線 についても詳述する。 概要 明治期の私設鉄道ブームのなかで、同時期に計画されていた千駄ヶ谷〜世田谷〜小田原間の武相中央鉄道と接続すべく、ニノ橋〜広尾〜渋谷〜世田谷間で計画された。その後は追加で八王子・国分寺方面への延長も計画している。しかし計画がなかなか進まなかったため、広尾以北の計画は取り止められ、以南の敷設免許は現在の東横線や東急多摩川線に当たる路線などを計画していた武蔵電気鉄道へ渡る。東横線の開業後は同社の未開業区間や新規計画路線と合わせて東横線都心延伸計画の一部となるが、最終的に市内交通一丸化を掲げる東京市の反対に遭い、認可から40年弱の時を経て敷設免許が失効してしまう。 路線図 制作中 歴史 1896年9月に甲田良造らが発起人となってニノ橋〜渋谷〜世田谷間の軽便鉄道敷設免許を申請し、98年10月に認可を受けた。さらに1900年12月には世田谷から北進し八王子および国分寺を目指す城南延長鉄道も出願されているが、こちらは03年12月に却下されている。しかし08年3月に武相中央鉄道の免許が失効し接続線がなくなったことや、株主の整理などの手続きに時間を要したことなどから、なかなか着工できなかった。一方そのころ現在の広尾〜扇橋(横浜)間などを計画していた武蔵電気鉄道は将来の都心乗り入れに向けて敷設免許を欲していた。そこで城南鉄道は12年10月に同社への免許譲渡を申請し、13年2月に認可されたことで解散した。この際に不要となった広尾以北の免許は12年12月付けで失効している。同年4月には武蔵電鉄が二ノ橋〜赤羽河岸間のニノ橋延長線を出願するも13年3月に却下されている。 しかし同社は第一次世界大戦による物価高騰により建設資金が確保できず、私設鉄道法による厳しい制約から逃れるために軽便鉄道へ規格を変更しようとした申請も却下され、度重なる竣工期限延長もついに認められなくなったため、17年5月付けで敷設免許が失効した。しかし城南鉄道から譲受した免許のみ期限が翌月まであったため、失効予定日の前日にその延長線として武蔵電鉄の計画路線を再出願し、10月に...

公園都市線延伸計画

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  公園都市線延伸計画 とは神戸電鉄公園都市線をカルチャータウンへ延伸する計画である。 概要 公園都市線を北摂三田ニュータウン内の鉄道空白地帯であるカルチャータウン地区へ2.5km延伸する構想である。 1989年の運輸政策審議会答申第10号では、現在開業しているウッディタウンまでの区間が3段階中の最上位に当たる「目標年次までに備することが適当である区間」、そこからカルチャータウンまでの区間は最下位の「今後路線整備について検討すべき路線」に指定された。ここでの目標年次は2005年で、実際に1996年にウッディタウン中央駅まで開業している。 一方で2004年の近畿地方交通審議会による「近畿圏における望ましい交通のあり方」で答申された12路線に本計画は含まれなかった。事前に検討された46路線には入っていが、近畿運輸局による検討段階で採算性がないとされている。 なお、付近にはこの他に関西閣都市交通研究会により新三田~カルチャータウン~三田関大前間の公園都市LRT建設が構想されていたが、近畿運輸局が検討した46路線には含まれていない。 路線図 制作中 歴史 1989年: 運輸政策審議会答申第10号にて延伸部分を含む公園都市線が計画される 1991年: 公園都市線の横山〜フラワータウン間が開業 1996年: 公園都市線がウッディタウン中央駅まで延伸 2004年: 検討段階で近畿地方交通審議会答申から除外される ルート案・運行計画 未定 関連計画: 播磨内陸鉄道 https://haimisen.blogspot.com/2024/07/harimanairiku.html 参考文献 川島令三 『〈図解〉日本三大都市 未完の鉄道路線』講談社, 2008, pp.239-240, 254-256, 259-262, 302-307 神戸電鉄のページ に戻る 当サイトは鉄道コムとにほんブログ村と人気ブログランキングのブログランキングに参加しております。本記事が少しでも気に入りましたら是非下のバナーをクリックして投票して下さい。

播磨内陸鉄道

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  播磨内陸鉄道 とは兵庫県によるカルチャータウン〜粟生間の鉄道構想である。 概要 兵庫県が構想している約30kmの鉄道構想であるが、運輸省や国土交通省の審議会答申に含まれたことはなく、近畿運輸局が検討した46路線にも含まれていない。 神戸電鉄公園都市線を延長する形の路線で、規格は狭軌架空電車線方式である。 路線図 制作中 歴史 1995年: ひょうご21世紀交通ビジョンにて計画される 2021年11月に兵庫県の公式サイトがリニューアルされたことで現在はページがなくなっている。Wayback Machineには当該の第5章のうち、p62〜70のみがアーカイブされており、p.71〜92は閲覧不可である。 ルート案 始発のカルチャータウンは現在鉄道空白地帯であるが、神戸電鉄公園都市線をウッディタウン中央駅から延伸する構想がある。そこから、東条湖を経由してJR加古川線と神戸電鉄粟生線な粟生駅へ向かう。 途中の東条湖では同じく兵庫県が構想している子午線鉄道(谷上〜谷川間、標準軌架空電車線方式)と接続する。 なお、兵庫県の「ひょうごの交通体系象」掲載の図では、JR加古川線や南北縦貫高速鉄道と同じ駅で交差し、JR福知山線とJR播但線を結ぶことになっているが、詳細は不明である。 運行計画・途中駅 未定 参考文献・サイト 川島令三 『〈図解〉日本三大都市 未完の鉄道路線』講談社, 2008, pp.302-307 兵庫県(1995)「ひょうご21世紀交通ビジョン」,  https://web.archive.org/web/20190803043445/https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks05/wd05_000000031.html , 2019/8/3時点におけるアーカイブ, 2024/7/30アクセス 兵庫県(1995)「ⅴ ひょうごの交通体系象」,pp.64-65,   https://web.archive.org/web/20180911183501/https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks05/documents/000118819.pdf , 2018/9/11時点におけるアーカイブ, 2024/12/30アクセス 神戸電鉄のページ に戻る 当サイトは鉄道コムとにほんブログ村と人気ブログランキングの...

神有電鉄 長田〜六甲間計画

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本稿では 神戸有馬電気鉄道 (現・神戸電鉄)の戦前の神戸市内延伸計画について解説する。 概要 神戸有馬電気鉄道(現・神戸電鉄)が計画した、同社の長田駅と阪神急行電鉄(現・阪急)の六甲駅を繋ぐ路線である。神戸市背後の山地開発の助長機関として計画された。 路線図 準備中 歴史 1929年: 敷設免許申請 1931年: 免許却下 ルート案・運行計画 詳細不明 参考サイト 神戸電鉄株式会社社史編纂委員会『神戸電鉄50年のあゆみ』神戸電気鉄道, 1976, p.21 神戸電鉄のページ に戻る 当サイトは鉄道コムとにほんブログ村と人気ブログランキングのブログランキングに参加しております。本記事が少しでも気に入りましたら是非下のバナーをクリックして投票して下さい。 神戸電鉄のページ

ゆりかもめ延伸

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ゆりかもめ延伸計画 とは東京臨海新交通臨海線を勝どき駅・東京駅方面へ延伸する計画である。現在は中央区の反対により白紙状態になっている。 概要 東京臨海新交通臨海線(愛称:ゆりかもめ)とは東京都の新橋駅からレインボーブリッジ、お台場海浜公園、東京ビックサイト、市場前(豊洲市場)などを経由して同じく東京都の豊洲駅を結ぶ路線である。自動案内軌条式旅客輸送システムを採用した中量輸送軌道システム(新交通システム)である。 大都市幹線街路調査報告書によれば、1988年時点では既に新橋〜勝どき間の建設計画が存在しておりそこから先の延伸の可能性が議論されていた。具体的には東京ルート、有楽町ルート、新橋ルートがあった。延伸効果は東京ルート、有楽町ルート、新橋ルートの順に高いとされており、メリットはそれぞれ、都心方向へのアプローチが弱い新川地区へのサービス向上、JR駅に最短距離で接続できること、計画中の地下鉄12号線(大江戸線)と接続し新交通を環状化できることが挙げられている。利用者数は勝どきまでの開業で20万人、新橋ルートで23.7万人、有楽町ルートで26.1万人、東京ルートで23.4万人を見込んでいた。その他、連絡橋バス、有楽町線延伸、京葉線都心線、京葉線(新砂町〜13号地〜大崎・鶴見)、地下鉄12号線(環状部)と併せて臨海部のネットワークを担うことが見込まれていた。開業時期は2000年に勝どきまで、2010年に都心までという想定であった。 ゆりかもめ豊洲延伸後は2015年の勝どき駅開業を目指していたが、並行する地下鉄新線(都心・臨海地下新線 東京〜新国際展示場間)の建設を目指す中央区の反対により計画は停止した。その後2016年の交通政策審議会答申第198号には含まれなかったため事実上計画は消滅している。 中央副区長はゆりかもめ延伸について、ゆりかもめは遊覧手段であり東京駅に接続しても機能論で無理があるとしている。これは小型車両であるゆりかもめの輸送力不足について述べていると考えられる。 路線図 (制作中) 歴史 1982年: 第一次東京都長期計画にてゆりかもめが計画される 1989年: 大都市幹線街路調査報告書にて本計画(延伸部)が誕生(2000年に勝どきまで、2010年に都心まで開業の予定) 同年: ゆりかもめの新橋〜有明間の建設工事に着手 1996年: ゆりかもめの新橋〜有明...

宇都宮ライトレール鹿沼延伸

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宇都宮ライトレールの現在の始発駅「宇都宮駅東口電停」 宇都宮ライトレール鹿沼延伸 とは議員や市民団体が構想している 宇都宮ライトレールの支線計画 である。 概要 2023年現在宇都宮駅東口〜芳賀・高根沢工業団地間を結ぶ宇都宮ライトレールを栃木県鹿沼市のJR日光線鹿沼駅まで延伸する構想である。栃木県LRT研究会、宇都宮商工会議所の東西基幹交通整備特別委員会、そして鹿沼市議の有志が推進している。 2023年現在宇都宮ライトレールは駅東側にしかないが、今後駅西側の教育会館前までの延伸が決定しているため、その延伸区間からの分岐が予想される。しかし具体的なルートや途中駅、運行計画については未だ検討されていない。 歴史 1993年: 真岡市長が鹿沼〜都宮〜芳賀工業団地〜井頭公園〜真岡間の新交通システムを提案 2002年: 県央地域における新交通システム導入促進協議会が設立され鹿沼市も参加 2014年: 特定非営利活動法人宇都宮まちづくり推進機構がLRTの真岡•鹿沼方面延伸を提言 2017年: 栃木県LRT研究会と宇都宮商工会議所の東西基幹交通整備特別委員会がLRTの鹿沼までの延伸を提言 2022年: 宇都宮市役所で鹿沼市議有志が勉強会を開催、議員連盟の設立意向を示す 2023年: 宇都宮ライトレール芳賀宇都宮ライトレール線(駅東側区間)が開業 参考サイト 古池弘隆「宇都宮市のLRT -これまでとこれから」, 『宇都宮共和大学 シティライフ学研究」(2021.22), pp.19-36, 2021, https://www.jstage.jst.go.jp/article/citylife/22/0/22_19/_pdf/-char/ja , 2023/9/16アクセス 特定非営利活動法人宇都宮まちづくり推進機構(2014)「LRT(次世代型路面電車)の事業推進と市街地への早期乗り入れに関する提言書」,  https://www.machidukuri.org/upload/News/files/0079_1.pdf ,2023/9/16アクセス 下野新聞SOON(2022)「LRT『鹿沼まで延伸』推進派も 市議有志が勉強会」,  https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/648338 , 2023/9/12アクセス 雷都...

東京直結鉄道

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押上駅から延伸方向を望む(カーブした先が車止め) 東京直結鉄道 とは東京都の押上駅から茨城県の大宝駅を結ぶ地下鉄有楽町線の支線計画である。 概要 東京直結鉄道は、押上から野田市経由で茨城県方面へ向かう東京メトロ有楽町線の支線計画である。 有楽町線の終点である新木場の2駅手前の豊洲駅で分岐し、住吉で半蔵門線に合流。住吉〜押上間は半蔵門線と共用し、押上から先は亀有、八潮、野田市を経由して茨城県方面へ向かう。この内豊洲〜住吉間は豊住線と呼ばれているため、「東京直結鉄道」は押上以北を指す呼称である。 野田市以南は国の運輸政策審議会でも答申されている正式な計画路線であるが、以北は自治体が建設運動を行なっている区間である。しかし豊住線とは異なり本路線は建設主体や建設時期は全く決まっておらず、野田市以南も事実上構想段階である。都心から離れた埼玉県や千葉県の区間となるため開業した場合は東京メトロではなく第三セクターの運営となる可能性が高いだろう。 東京直結鉄道(地下鉄8号線)茨城県招致促進委員会の平成27年作成資料によると本路線の終着駅は関東鉄道の大宝駅となるが、資料に掲載されている図ではそこから先の関東鉄道常総線の下館駅までも延伸区間となっている。しかし本文に記載がないため直通を想定しているのかは不明である。なお、直通する場合は常総線の電化工事が必要となる。 現在は途中の八潮〜野田市間を先行開業させてつくばエクスプレスと直通または乗り継ぎにする方向で話が進んでいるが、八潮以南の江東区も期成同盟会に加盟しており建設運動をしている。 路線図 未来の5社直 PC版路線図メーカーにて作成 (蒲蒲線、 相鉄いずみ野線延伸 、 相鉄本線本厚木延伸 、半蔵門線松戸延伸も掲載) 歴史 1972年: 都市交通審議会答申第15号にて豊洲〜亀有間を規定 1984年: 地下鉄8号線誘致期成同盟会設立 1985年: 運輸政策審議会答申第7号にて亀有〜武蔵野線方面を規定 2000年: 運輸政策審議会答申第18号にて亀有〜野田市間を規定 2003年: 八潮〜野田市間がレイクタウンルートに決定 2013年: 茨城県内のルートが決定 2016年: 交通政策審議会答申第198号に野田市までが盛り込まれる ルート案 豊洲から住吉までは豊住線として計画が進んでいるため本稿では割愛する。 住吉〜押上間は...

池上電気鉄道白金線

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池上電気鉄道白金線 とは池上電気鉄道(現•東急池上線)がかつて計画していた未成線である。本項では戦後に東京急行電鉄が計画していた 池上線品川延伸計画 についても扱う。 概要 1914年に目黒〜蒲田間の敷設免許を得た池上電気鉄道は、大森付近での用地買収が難航したことにより、途中の池上から分岐して蒲田に至る支線を計画し1922年に先行開業させた(池上〜大森間は結局開業できなかったが本項には関係がないため割愛する)。その後本線の池上〜雪ヶ谷(現•雪が谷大塚)間を1923年開業させるが、同年に同じく目黒〜蒲田間を本路線よりやや北寄り経由で計画していた目黒蒲田電鉄(現•東急目黒線/東急多摩川線)が全線開業を果たしたため、本線の目黒乗り入れは事実上不可能となった。 そこで1925年に都心側の起点を五反田駅へ変更することを計画し、さらにこれだけでは集客力が見込めないため1926年に白金(白金猿町)への路線も計画した。当時京浜電気鉄道(現・京急)が青山線(千駄ヶ谷〜白金〜高輪間)を計画していたためそれに乗り入れて品川へ直通させる計画であった。そして1927年に本線を大崎広小路まで延伸させ、1928年に白金線の免許を利用して五反田まで乗り入れる。五反田駅は山手線を跨ぐ橋上に設置され延伸に備えた。 しかし元々京浜電気鉄道は池上線と軌間が異なっていたため連携に難があり、その後京浜が地下鉄1号線との直通を目論み池上電気鉄道に競合する五反田~馬込~京浜蒲田間の敷設免許の申請をしたため両社の関係が悪化した。結局京浜青山線計画は頓挫し、それにより1934年に池上電鉄を併合した目蒲電鉄による工事期限の延長申請も却下されたため、計画は消滅した。 その後東急は終戦直後にも五反田〜品川間を計画するが、市内交通一丸化の観点から山手線の内側へ私鉄が乗り入れるべきでないとする東京市の考えにより実現せず、さらに1960年代には三田線との直通構想も浮上するがそちらも新玉川線建設に注力するためとして撤回され、結果的に池上線の始発駅は現在も五反田駅のままとなっている。 歴史 1912年: 京浜青山線に敷設免許 1914年: 池上電気鉄道蒲田〜目黒間に敷設免許 1926年: 白金線上大崎〜白金猿町(大崎町)間に敷設免許 同年: 京浜電気鉄道が京浜蒲田〜馬込〜五反田〜田町間を出願 1927年: 池上線が大崎広小路まで開業...

東海道開発線

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東海道開発線 とはかつて 日本国有鉄道が構想していた未成線 である。現在の神奈川県東部方面線に類似している。 概要 1970年代に国鉄の 新五方面作戦 で首都圏の各幹線に沿った 通勤新線 が計画された。それらは開発線と呼ばれ、その内東海道本線の新線が本路線である。石油危機や国鉄分割民営化により建設の目処が立たなかったため、構想段階のまま自然消滅したと考えられる。 なお、東北開発線は酷似したルートの埼玉高速鉄道が開業し、高崎開発線は一部が埼京線に受け継がれた他は計画消滅し、常磐開発線は起点変更の上つくばエクスプレスとして実現し、総武開発線は近隣で計画されていた貨物線を旅客化した京葉線が実現、中央開発線は計画から50年以上が経過した現在も計画進行中である。 本路線に酷似したルートで横浜6号線という計画もあり、これは幾度の計画変更を経て相鉄•東急新横浜線や相鉄いずみ野線に発展している。また東海道線のパイパスを作るという計画は湘南新宿ラインによって、横須賀線と線路を共用しているものの一応は達成された。 路線図 新五方面作戦 歴史 1966年: 都市交通審議会答申第9号において横浜6号線計画が決定 1972年: 国鉄が 新五方面作戦 で開発線構想を発表 1976年: 国鉄の宮田一氏が「 交通技術 」にて首都圏近未来鉄道計画を発表 1976年: 相鉄いずみ野線が部分開業 1978年: 第二次石油危機が発生 1986年: 国鉄分割民営化 1999年: 相鉄いずみ野線が湘南台まで開業 2001年: 湘南新宿ラインが開業 2008年: 東京メトロ副都心線が開業 2019年: 相鉄•JR直通線が開業 2023年: 相鉄•東急新横浜線が開業 ルート案 新宿駅は現在の新宿駅と代々木駅の中間の地下に設けられ、そこから現在の地下鉄副都心線と同じく明治通り直下を通って目黒に向かう。この頃は既に副都心線計画が存在したため、本計画との関係は不明であるが2層構造になっていた可能性がある。 目黒駅で分岐後は北上する横浜6号線とは異なり南下して品鶴線に接近し武蔵小杉を経由。その後は北上して港北ニュータウンに至る。 終着駅についてな情報により大船駅、茅ヶ崎駅、平塚駅と分かれるが、これは本計画が構想段階で消滅しており、さらに検討段階で計画が幾度と変更されたためだと考えられる。 運行計画 構想段階で消滅したため...

相鉄本線本厚木延伸

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相鉄本線本厚木延伸計画 とは 厚木市が構想 しており、相鉄本線の本厚木駅延伸させるものである。 概要 神奈川県の中心地である横浜と海老名を結ぶ相鉄本線を海老名から厚木市の中心地である本厚木駅へ延伸させる構想である。戦前には小田急小田原線への乗り入れにより本厚木まで走っていたが小田急の本数増加による線路容量不足から廃止され、その後現在に至るまで復活が叫ばれている。しかし小田急との乗り入れには課題が多数あり困難であることから、厚木市は相鉄単独で新線を建設して本厚木駅への乗り入れを要望している。 路線図 以下の画像はガサキ鉄道作成の路線図である。 相鉄未来路線図 / 未来の5社直 蒲蒲線•豊住線など 歴史 1964年: 相模鉄道と小田急小田原線の直通運転が廃止 2012年: 厚木市が相鉄の本厚木駅乗り入れについての調査を開始 2014年: 厚木市が地下トンネル案をまとめる 2027年: 本厚木延伸を考慮しない形での相鉄海老名駅大規模改良工事が完了(予定) ルート案 相模国分信号場からJR海老名駅付近を経由して厚木操車場に至る貨物線(事実上の回送線)である相鉄厚木線を活用し、厚木駅手前から大深度地下で相模川を渡って本厚木駅に至る。大深度地下であるため用地買収はほぼ不要である。 この場合、現在の相鉄海老名駅は移転による廃止が濃厚である。しかし相鉄は2027年完成を目処に現在の海老名駅の大規模改修を進めているため、相鉄が本厚木延伸をやる気がないという証拠である。 運行計画 構想段階のため未定である。 途中駅 海老名-本厚木駅 途中に厚木駅が設置されるかは記載されていないため未定である。 関連サイト カナロコ(2014)『相鉄「本厚木延伸」、厚木市が独自案 「課題は承知も…」 』,  https://www.kanaloco.jp/news/economy/entry-52586.html , 2023/6/26アクセス

相鉄いずみ野線延伸

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相鉄いずみ野線延伸計画 とは、相鉄いずみ野線を湘南台からJR相模線倉見駅•東海道線平塚駅まで延伸させる計画のことである。 敷設免許取得済みの未着工路線 である。 概要 相鉄いずみ野線は計画当初より終着駅が平塚駅とされており、湘南台までは1999年に開業した。しかしそこから先の着工の目途はたっていない。 その後、JR相模線の倉見駅に東海道新幹線の駅を設置した上で、相模川対岸の大神地区と共に開発する「ツインシティ」計画が浮上し、いずみ野線を倉見駅まで延伸させる案が浮上した。現在では平塚までの計画は棚上げされ倉見までの延伸が検討されている。 2007年に倉見までの延伸を想定したとりまとめが公表された。とりまとめでは普通鉄道の他にLRT案、慶應大学まで普通鉄道でそこからLRTとする案も出ており、環境負荷低減と利便性向上と純益比では鉄道が勝るが、費用便益費ではLRTが勝り、事業採算性はLRT案でしか確保されないことが明らかになった。これを受けて2012年に慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスまでを第1期、倉見までを第2期として段階的に開業させるよう計画を変更した新たなとりまとめが公表され、普通鉄道による事業採算性確保の目途がついた。 上下分離方式で建設され、「都市鉄道利便増進事業」の適用により国・地方自治体・相鉄の3社で3分の1ずつ建設費を持ち合う。なおJR東海は東海道新幹線の新駅について、現時点では困難だが、中央新幹線の開業後に検討できるとしている。平塚までの計画は動きがないものの現存しており、路線が途中駅で分岐するのか倉見経由で平塚に向かうのかは未定である。 現在は2030年を目標に設定している。 路線図 以下の画像はガサキ鉄道作成の路線図である。 相鉄未来路線図 / 未来の5社直 蒲蒲線•豊住線など 歴史 1966年:都市交通審議会にて横浜6号線(東京方面〜港北ニュータウン〜二俣川〜湘南台〜平塚間)が答申される  ※終着駅を茅ヶ崎駅とする情報もあり。 1968年: 相模鉄道が二俣川〜平塚間の敷設免許を取得 1972年:国鉄が東海道開発線(新宿〜目黒〜武蔵小杉〜港北ニュータウン〜茅ヶ崎間)計画を打ちだす  ※終着駅を大船駅や平塚駅とする情報もあり。 1976年: 相鉄がいずみ野線(二俣川〜いずみ野間)を開業させる 1985年: 運輸政策審議会7号答申にていずみ野線の国鉄相模線方...